低電圧差動式ヘッドフォンアンプ v3


電池2本でシンプル回路、しかしながらダイナミックな音




このヘッドフォンアンプはぺるけ式FET式差動ヘッドホン・アンプの音の良さに感銘を受け、「あの音が携帯環境で得られないものか」を旗印にトライしたのに端を発します。ぺるけ式の差動増幅を踏襲しオールトランジスタの「ディスクリート」に拘りました。尤も、電池2本で動くためにはオペアンプでは動作が難しかったこともその理由でした。

素人ゆえに経験する幾多の難関を乗り越えて(詳細はブログに記載)出来上がり改良したのが、前作のv2.1です。前段に差動増幅回路を+-両側に設け、終段はSEPP回路を組み合わせましたシンプル回路です。今回のこのv3はこの回路を踏襲しながらペア性が優秀なDualトランジスタを採用し、空いたスペースを活用した単三電池の採用で飛躍的に電池ライフ延長が達成できました。 勿論、持ち前のダイナミックで繊細な音は不変です。

ぺるけさんの影響をそのまま受けていますので、HPの作風まで同じになってしまってます(笑)




●はじめに


このv3では差動増幅と定電流回路にDualトランジスタを採用したことや、+側と-側に配置したNPN-PNP間のhFE差問題と対処、そして単三電池導入による電池ライフと失敗談などを記載します。 然るにこの記事は技術資料ではなく忘備録の性格です(笑)

このDualトランジスタを採用するに至ったのは、私の技術指南とも言えるS.Mさんの助言、助力が無ければあり得ませんでした。v2でペアトランジスタの選別に手間取り、多くのペアが取れない不可処分トランジスタを抱える現状に対して、「こんなトランジスタがありますよ」とサンプルまで頂きました。あんなに小さな表面実装部品がハンダ付けできるものかを難色を示しておりましたがペア選別のトランジスタ入手状況はどんどん悪化する一方で、遂に採用に至りました。

この小さなトランジスタ採用で空いたスペースに喜び勇み、単三電池を基板上に載せた基板を新作したのですが、ここでも痛恨の失敗を。何と1mmほどケース高さが小さかったのです。結局、電池ケースを別置きとするオリジナル配置に戻りました (失敗基板と電池ホルダーがどっさり残ってます)

ところが、ところが、またまた伏兵が現れました。先にあったペア特性は解消したものの、NPNとPNP間のhFE差によって定電流量を調整する方式ではオフセット電圧調整が困難になっていたのです。出力談にカップリングコンデンサを持たない本機では致命的です。・・・・・・色々と試行錯誤した結果、入力談にバイアス電圧(逆オフセット電圧)を微小に印加する方式で落ち着きました。おかげでSPICEの使い方も勉強できました。 (でも、またまた失敗基板ができました)

こんな経緯の難産の末にできあがったv3号機です。
定電流の調整回路では電池電圧の変化で動いたオフセット電圧も、怪我の功名で素晴らしい安定度になりました。




●回路構成


ホントにこれでパワフルな音が出るの? と言われそうなシンプル回路です。特に終段増幅のトランジスタ1個だけのSEPP回路は、他の作例でよく見かけるダイヤモンドバッファ等とは違い、教科書に良く出てくるシンプルさです。その前段はトランジスタを使った差動増幅ですので、これだけ見れば、これもまた教科書によく出てくる回路でぺるけ式はここがFET差動増幅なので基本は同じです。ただ、特徴的なのはこの差動増幅回路を+増幅域をNPN、-増幅域をPNPで組んだ2つの回路を組み合わせたことです。

差動増幅回路を使っているので定電流回路が必要になります。NPN側差動増幅のは下流にNPNトランジスタ2個のカレント・ミラー型定電流回路を、PNP側には上流側に同じようにPNPカレント・ミラー定電流回路を設けました。即ち、+-で対象になる回路です。カレント・ミラー型定電流を選んだ理由は動作電圧的に最も低いところから定電流が得られるからです。(ぺるけさんの発行本「理解しながら作るヘッドフォンアンプ」に詳細記事あり)

終段(出力段)には当初ダイヤモンド・バッファを考えていましたが、部品構成の多さや、なんと言っても前段の+、-両配置の差動増幅とうまく接続できません(私の技術では)。いろいろな参考書を調べていくとSEPP回路が目に付きました。参考書回路では本回路のような前段差動増幅では無いのですが、シンプルに接続できるので採用しました。結果的に十分なパワーを発揮してくれました。

 

 



●初段 差動回路


回路図上側の右チャンネルで示すと、Q1、Q2が差動増幅用のバイポーラ型デュアルトランジスタである。使用しているのはNPNがBC846DS、PNPがBCM856DS(Philips製)です。Vceo65V、Ic100mA、hFE200〜450、hFEマッチング90〜100%(相互で言えば±5%?)、Vbeマッチング2mV のスペックを保証しています。BCM856DSのhFEを3個測った値は295/295、295/295、295/295と非常にバラツキも少なく良好でした。

ぺるけ式に倣い差動増幅の負荷抵抗1.5kは負荷のない側にも付けています。BC846DS、BCM856DSのhFEが約300なのでこの段の増幅率は約150になります。またコレクタ電流は約500μAになっています。
入力に入れた220kはボリュームコンディションが悪くなってもノイズが発生しないようにしているものです。これ以上〜1M程度まで使用可能です。

入力回路には10uFのカップリングコンデンサが入っています。これは外部入力のDCカットです(DCが入った出力もあると聞きますので)。この容量を100uF程度まで上げてもあまり低音が増えることはありませんが唯一音色が変えられる部分でもあります。


●定電流回路

最初に記載したが、定電流回路には低電圧領域で少しでも安定した定電流特性が得られるように、差動増幅と同じトランジスタでカレント・ミラー型である。ここで定電流値を決める抵抗のR107,R108は、一方では終段増幅のアイドル電流を決める重要なパラメータである。
定置型のヘッドフォンアンプであれば常に安定した電源電圧を用いることができるが、電池駆動であるこのアンプでは電池の消費と共に変化する電池電圧特性に留意して決める必要がある。
左のグラフは定電流調整抵抗値をパラメータに電池電圧とアイドル電流の関係を示したものである。
v2まで使っていた1.5kでは電流が流れすぎる。1.8kではアルカリ電池の初期で40mAなのでぴったりで、電池電圧が2.2〜2.0Vまで下がっても鑑賞に堪える音なのだからこれで決まりと思ったのだが、2kの特性を見て欲が出ました。エネループ電池の安定域である2.6〜2.5Vでは1.8kから2kにすれば電流は30%ほども低減できます。結果、下のグラフのように85時間の電池ライフになりました。

気になるのはアイドル電流を減じたことでの低音への影響であるが、このアンプはアイドル電流が40mAから20mAになっても殆ど変化が感じられない。むしろ爽やか感が増えてよい印象だ。
まあ十分な電池寿命があるので、好みによっては1.8kでも一向に構わないのだが、省エネが強く叫ばれている時流なので2kを選択しました。

開発テストに使ったボードです。抵抗やトランジスタが交換できます。
電源供給はトランジスタを使った仮想GND電源で、
可変電源でテスト電圧を作って供給しています。



●出力段

出力段の回路は+-両側に差動増幅回路を設けたこのアンプの回路構成に合っていると考えてSEPPを採用したのだが、実はぺるけさんのFET差動式ヘッドフォンアンプ記事では 「コンプリ1段のバッファ回路では高品質な伝送回路とはいいかねる」 という理由でダイヤモンド・バッファを使っておられるのでSEPP採用は正直心配でした。

でも終段トランジスタに2SA1428/2SC3668を使った結果は満足のいくものと思ってます。(ダイヤモンドバッファを使っていないので比較できませんが) 2SA1418/2SC3668はいまはブログを休止されている「KANさんの自作ヘッドフォンアンプ(OPアンプ+ダイヤモンドバッファHPA)」で使われているのを試し,素晴らしい音に惚れた以来の付き合いです。
このHPAがパワフルな音が出せるのはこのトランジスタの電流特性がかなり上の1000mA程度までフラットに伸びる特性によるのでは、と思っています。

Zobelフィルタはおまじないのように付いているが、無くても問題なく動作するようだ。このフィルタのコンデンサに高品位のものを使いたい方のためにピン穴を複数開けてあります。

                     2SC3668のIc特性
 
本器のエミッタ抵抗には10Ωが使われておりますが、これは低インピーダンスのイヤフォン系ヘッドフォン等の16Ω程度にも対応するために入れましたが、4.7Ω程度まで下げて出力クリップポイントを上げても良さそうです。こちろん、高インピーダンスのヘッドフォンでも問題なく駆動できることを確認しています。


●オフセット調整回路

回路図を良く見ると入力部分に200kの半固定抵抗VR1、VR2が見える。これがオフセット調整抵抗である。
このような回路でオフセットを調整する一般的な方法は、定電流回路のバランスを調整して行うのが一般的であるがこの方法ではうまくいかなかった。原因を色々探っていくとそれは+-両側に付けた差動増幅回路のトランジスタhFEの差(NPNとPNP間の差)にあった。オフセット調整による影響が無いことを実測とSPICEによる検証を行ったので、詳細は拙作ブログ記事(これこれ)を参照してください。
(注:本来はNPN、PNP側のhFEが合ったものを使うのが王道であるが、個人でのパーツ入手には限度がありこのような方法を取りました)

オフセット電圧補正をする目的なのだが、入力にあまりDC電流を流したくない。よって200kのやや高抵抗を使っている。


●電源関係、LED


+側-側に差動増幅を設けた対称回路であるので、電源も±電源が必要です。電池2本を使い中点をGNDにすれば±電源になります。電池は単三型のマンガン、アルカリ、エネループ等の充電池が使えます。対応する電源電圧は±1.6V(3.2V)〜±1.1V(2.2V)の間で動作します。これ以上になるとアイドル電流が多過ぎ(限界は±2V程度か)、これ以下ではアイドル電流がゼロになり+側-側の波形が繋がらなくなるため著しいノイズが出ます。
デカップリングコンデンサには1000uF・4Vの超低ESR・固体コンデンサを使用しました。サイズ、性能でベストマッチと思われます。高さが約11mmで推奨ケース(タカチGHA7-2-G*)に入るぎりぎり寸法です。サイズが許すならば大容量のものに変えても良いと思います。

LEDはできるだけ可能な限りの小電流で点灯したいので、赤LEDの直列抵抗は4.7k、青LEDの直列抵抗は510Ωを推奨しています。青LEDは作動電圧が高く、電池食いです。このHPA作動限界の電池電圧±2.2Vでは殆ど点灯していません。推奨は省エネの観点で赤LEDです。


●部品と製作

開発に使ったテストボードに見るように、簡単な回路ですのでDualトランジスタを変換基板(作例ではダイセン・D-06)に載せればユニバーサル基板でも簡単に作れる回路です。
ここでは拙作専用基板で作ったもので紹介します。


     <部品リスト>

部位 用途 型番等 個数 頒布単位
Q1,Q5 差動増幅 BC846DS(Dual Tr) 2
Q2,Q6 差動増幅 BCM856DS(Dual Tr) 2
Q3,Q7 定電流 BC846DS(Dual Tr) 2
Q4,Q8 定電流 BCM856DS(Dual Tr) 2
Q109,209 終段増幅 2SA1428-Y 2
Q110,210 終段増幅 2SC3668-Y 2
R109,111,110,112
R209,211,210,212
差動増幅負荷 1.5k, チップ抵抗2012 8
R107,108,207,208 定電流調整 2k, チップ抵抗2012 4
R103,104,105,106
R203,204,205,206
定電流保護 10Ω, チップ抵抗2012 8
R001 LED電流調整 510Ω=青LED用, 4.7k=赤LED用 1
VR1,VR2 オフセット電圧調整 200k, 半固定抵抗, GF063P1B204 2
R101,201 入力保護 220k, 金属皮膜抵抗, 1/4W 2
R102,202 入力抵抗 1k, 金皮(推奨REY), 1/4W 2
R115,215,116,216 負帰還抵抗 1.8k, 金皮(推奨REY), 1/4W 4
R117,217,118,218 終段保護 1Ω, 金皮, 1/4W 4
R119,219,120,220 終段負荷 10Ω, 金皮(推奨REY), 1/4W 4
R121,221 Zobelフィルタ 10Ω, 金皮, 1/4W 2
C1,C2 デカップリング 100uF,4V,超低ESR,APSC4R0ELL102MJBSS 2
C101,201 入力カップリング 10uF以上, 16V, UTSJ等 2
C102,202 Zobelフィルタ 0.1uF, フィルムコンデンサ 2
LED 電源ランプ φ3, 赤または青 1
ST_JACK_1
ST_JACK_2
入出力ジャック φ3.5ステレオ, AJ-1780(秋月) 2
VOL_50K ボリューム A特性50k2連, RD925G(LINKMAN) 1
ボリュームツマミ φ6.1,小型 黒,(LINKMAN) 1
ケース タカチ, GHA7-2-9D*(ブラック 又はアイボリー) 1
電池フォルダ 単三シングル型、BH-311-1A(秋月) 2
基板 専用基板、【haiga's hpa v3】 1
全キット


部品やパーツの頒布については拙作ブログ(http://higa284.blog20.fc2.com/blog-entry-130.html)をご覧ください。ここでエントリー願います。


製作中の写真を記載します。製作手順はHPA_V3_Man.pdf へのリンクを参照願います。


●動作テストと調整

基板へのハンダ付けなのであまりトラブルは少ないと思いますが、小さなトランジスタとチップ抵抗は慣れないとチョット大変かもしれません。
意外に多いのが「部品の付け間違い」です。ちょっとの勘違いで思い込んでしまうとチェック機能が働かなくなるようで、私もちょくちょくミスを起こします。

ここでは一般的なチェック方法と調整方法について記載します(マニュアルにも掲載してます)
チェックの基本はグランドとの電位(電圧)とバイアス電流の代用特性となる抵抗両端の電圧差です。



 0.電源を入れる前にチップ抵抗の抵抗を測ってください。稀に下側がハンダブリッジでショートしている場合があります。
 1.プラス側の電源電圧:上図で赤字1.4Vとなっている点とGNDというアース点間の電圧、これがゼロの場合は電池からの給電かスイッチ回路のハンダ不良を疑ってください。
 2.マイナス側の電源電圧:同上赤字-1.4Vを示します。原因系は1.と同じですが、ゼロではなく電池電圧よりかなり低い場合は1.5k、2kチップ抵抗ショートを疑ってください。
   1.2.に異常の原因は電池ケースの端子部接触不良も稀にあります(製品不良)
 3.1Ω抵抗の両端電圧:電源電圧が±1.4V(エネループ初期)では20mV程度です。これがゼロだった場合はDualトランジスタのハンダ付け、1.8k,10Ω抵抗の配置間違い等をチェック。
 4.1.5Kチップ抵抗の両端電圧:0.7V近傍ですが手前がやや高く、向こう側がやや低くなります。低い方が終段Trへの出力側です。異常原因は3.と同様です
 5.各部の電圧はOKなのに音が出なかった場合:インプットジャック・・ボリューム・・10uF・・1k抵抗・・Dualトランジスタ間へのハンダ付けを疑ってください

稀に部品の不良もありますが、90%以上の確立でハンダ付け不良か部品の配置ミスによるというのが私の作業での経験則です。必ず明確な原因がありますので探ってください。
配線図と下記の基板ボード図を見て丹念にルートをチェック(導通/接続チェック)すれば必ず原因が見つかります。

また、回路のショートや、ハンダ付けの熱でトランジスタや抵抗が壊れることは殆どありませんので、再ハンダ(コテを当てるだけでも良い)することも有効な方法です。



●オフセットの調整


上の図で示した「オフセット電圧計測点」とGND間の電圧がゼロになるように、VR1、VR2を各々調整します。
入力ボリュームをゼロにして電圧を計測します。電圧がプラスだったら右側に、マイナスだったら左側のボリュームを回転させます。感度が非常に高いのでかなりゆっくりと回してください。ボリューム動かしても電圧変化はゆっくりです(Dualトランジスタの特性)ので時間をかけて調整してください。±5mV内で安定したら20分後にまたチェックし、再調整してください。


●特性測定と試聴結果


特性の計測結果は以下の通りです

<周波数特性>


<歪率>

この歪率カーブは約0.02%近辺で底値のような形を示しているが、どうもこれは私の使っている測定器(NFのICを使った発振器+USB接続のAudioアダプタ+NotePC+WaveSpectra)に低周波域のノイズが入っているためのようだ。ホントはもっと下に実力があると思っている。

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